自己破産において問題となる偏頗弁済について
自己破産手続によれば、原則として借金を全額免除してもらえます。
もっとも、自己破産手続は、公的機関である裁判所により、強制的に債権者に大きな損害を与える手続とも言えます。
そのため、債権者の保護のために、様々な規制があります。
そのような規制の中でも、特に問題となりがちなものが、偏頗弁済の禁止です。
ここでは、一般の方にはなじみが薄い一方、実務上しばしば問題となる「偏頗弁済」について説明します。
このコラムの目次
1.偏頗弁済とは
偏頗弁済とは、簡単に言えば、特定の債権者だけを優先する借金の返済を言います。
例えば、借金全額をもはや支払い切れないと自覚した債務者が、たとえ他の債権者に損害を与えることになってでも、特定の債権者(例えば、友人や親族)からの借金だけは解消しなければならないと思い、その債権者だけに返済をしてしまうことが「偏頗弁済」に当たります。
偏頗弁済は、「免責不許可事由」の一つとなっています。
なぜなら、「債権者平等の原則」という、自己破産手続の重要な原則に反する行為だからです。
債権者平等の原則とは、「自己破産手続において、債務者は債権者を公平に取り扱わなければならない」という原則です。
この原則から、全ての債権者が自己破産手続の対象となります。
したがって、債務者は債権者の債権に応じて公平に債務を弁済しなければなりません。
そのために、特定の債権者を優遇する返済である偏頗弁済は、免責不許可事由となっているのです。
2.偏頗弁済のリスク
(1) 費用や手間の負担の増大
偏頗弁済は、免責不許可事由に該当します。そのため、免責不許可事由を調査するために破産管財人を選任する必要が生じることから、「管財事件」で自己破産手続をすることになってしまいます。
裁判所に管財事件として扱われると、破産管財人の報酬予納金(最低20万円)を用意しなければならず、また、配当手続や免責不許可事由の調査に協力することなどが義務付けられ、結果として自己破産手続の費用や手間の負担が増大することになります。
ただし、債権者が強制的に回収したなどの事情がある場合は、債務者には落ち度はないとして、免責不許可事由には該当しないとされることもあります。
しかし、そのような場合でも、破産管財人が債権者から偏頗弁済相当額の金銭を回収する(否認権の行使と呼ばれています)ために、管財事件とされてしまうこともあり、いずれにしてもリスクがつきまといます。
(2) 免責されない恐れが生じる
偏頗弁済は免責不許可事由に該当する以上、少なくとも法律上は、免責されない危険性が生じることは避けられません。
もちろん、ほとんどの場合は、裁量免責(免責不許可事由があっても、裁判所が、債務者のその他の一切の事情も考慮して免責を認めること)を受けることができます。
ただし、それは、破産管財人の調査に対して誠実に回答し、否認権の行使による偏頗弁済相当額の回収に真摯に協力することが前提です。
身勝手な理由で高額の偏頗弁済をした挙句、破産管財人にそれをひた隠しにしていれば、反省の色なしとして裁量免責すらされないことは、決してない訳ではありません。
(3) 犯罪者となってしまう可能性
偏頗弁済をすることで、特定の債権者に対して損害を与えようとした場合など、悪質さが際立つ場合には、最悪、偏頗弁済自体が罪に問われる可能性があります。
3.偏頗弁済が問題となる具体的ケースと対策
(1) 家賃の支払
通常通りの家賃の支払は偏頗弁済となりません。
しかし、滞納してしまっている家賃の支払は偏頗弁済となる恐れがあります。
一方で、滞納家賃を自己破産手続で免責してもらうと、貸主は借主である債務者を追い出してしまう恐れもあります。
あまりに理不尽な状況ですが、対策はいくつかあります。
まず、家賃は債務者の生活に必要不可欠な出費と言えるので、少額であれば、裁判所が偏頗弁済とみなさないことがあります。弁護士に相談してみましょう。
他にも、親族など第三者に家賃を代わりに支払ってもらう方法もあります。これを「第三者弁済」と言います。
第三者弁済は、債務者から財産が流出しませんから、他の債権者に損害を与えないため許されています。
もっとも、債務者が親族の名義のみを利用して、実質的には債務者が支払った偏頗弁済ではないかと疑われる恐れもあることにご注意下さい。
他にも、手続開始後に、配当の対象とならない財産(手続前からあるものは自由財産、手続後に取得したものは新得財産と呼ばれています)から滞納家賃を支払う、あるいは、敷金から補填するという方法もあります。
もっとも、貸主が同意しなければこれらの方法をとることは出来ません。
この他、家賃と同様に、偏頗弁済と契約の解約の板挟みが生じ、第三者弁済が重要となるものとしては、携帯電話の滞納通信料や本体代金の割賦払いなどがあります。
(2) 公共料金の支払
ガスや電気、水道料金などの公共料金の支払いは、生活をしていくうえで欠かせないものです。月々発生する公共料金の支払いは偏頗弁済とはなりません。
ただし、家賃と同様に、滞納分の公共料金の支払いは偏頗弁済となる可能性があるので注意が必要です。
(3) 財産を担保にしている借金
財産を担保にしている借金が自己破産手続の対象になれば、その債権者は担保となっている財産を処分することが出来ます。
そのため、しばしば、住宅ローンの残るマイホームや自動車ローンの残る自動車を手元に置こうとして、ローンを支払おうとしてしまう人がいます。
当然、そのようなことをすれば偏頗弁済となってしまいます。
マイホームについては、親族に売却したうえで借りるなどの代替手段がありますが、なかなかそれだけの大金を持っている親族はいないでしょう。
どうしてもマイホームを手元に残しておきたい場合、住宅ローンのみを整理せず、他の借金を整理しつつマイホームの処分を免れることが出来る個人再生手続ができないか検討した方が良いでしょう。
自動車については、ローンが残っている場合、個人再生手続でも残すことは出来ません。
マイホームに比べれば価値は低いですから、裁判所による処分の基準額である20万円以下のものであれば、第三者弁済により維持できるかを検討することになります。
(4) 身近な人や勤務先からの借金に対する返済
友人や親族など身近な人間や会社からの借金も、当然自己破産手続の対象になります。
友人、親族、勤務先にバレたくないと、何とか返済を継続したいと思う方も多いでしょう。しかし、返済すればれっきとした偏頗弁済です。
なお、勤務先から借入をしており、給料からの天引きで返済をしている場合も、偏頗弁済となる恐れがありますから、停止を要求する必要があります。
ちなみに、公務員の共済組合に至っては、まず、天引きを止めてくれないため、破産管財人による回収が必要となってしまいます。
税金は、自己破産手続により免責されない「非免責債権」と呼ばれるものの一つです。滞納している税金は、支払ってしまっても偏頗弁済にならないことがほとんどです。
ただし、友人や勤務先などに肩代わりしてもらっている場合には注意が必要です。
基本的には、税金の支払を肩代わりしたその他人が、税金相当額の債権を持つ一般的な債権者になっていると扱われます。ですから、その他人に肩代わりしてもらった分を支払ってしまうと、偏頗弁済になってしまいます。
税金についても、家賃同様、親族による第三者弁済のほうが安全でしょう。
4.いつからいつまでの返済が偏頗弁済となるか
(1) いつから偏頗弁済となるのか
弁済が偏頗弁済となる基準は、「支払不能」時か「破産手続開始の申立て」の後です(破産法162条1項)。
支払不能とは、債務者に弁済能力がないため「弁済期が到来した債務の支払いができない客観的状態」をいいます。
支払不能は、「支払停止」という行為から推定されることになります。「支払停止」とは最高裁判所によると「支払能力を欠くために一般的かつ継続的に債務の支払をすることができないことが、少なくとも黙示的に外部に表示されている行為」となります。
難しいことはさておき、少なくとも弁護士など専門家に債務整理を依頼した後は、一切返済をしないことです。
弁護士に債務整理を依頼すると、弁護士から債権者宛てに受任通知を送付することになります。
弁護士が代理人となり債務整理をしますということを債権者すべてに通知するわけです。
この受任通知の送付が支払停止に該当すると判示している判例もあります(最高裁判所平成24年10月19日判決)。
ただし、弁済期の到来していない借金の返済や、特約なしで担保を供与した場合は、支払不能となる前であっても偏頗弁済となる可能性があるので(破産法162条1項2号)、詳しくは、弁護士に相談するのが得策です。
(2) いつまで偏頗弁済となるのか
裁判所の免責決定後は、返済をしても偏頗弁済となることはありません。
自己破産の免責決定は、借金返済の義務が消滅しただけで、返済することは禁止されていません。
従って、返済するかしないかは、破産者次第ということになります。
5.偏頗弁済せず正しく自己破産するには弁護士に相談を
偏頗弁済は、自己破産手続の中でも特に問題になりやすい免責不許可事由の一つです。
その一方で、専門家に早くから助言を受けていれば、十分な対策をすることで回避しやすいものでもあります。
泉総合法律事務所では、自己破産をはじめとした債務整理手続のエキスパートである弁護士が多数在籍しております。
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